
量子論との出会い【この世はなんなんだ第4話】
久しぶりに「この世はなんなんだ」シリーズ。
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・この世はなんなんだ – 新シリーズスタート
・[この世の仕組み]28年考察・序章
・宇宙に夢中。28年続けても分からん沼だった件
昨日「ウルトラマンガイア」という、
量子物理学者が主役でそういう表現が
てんこ盛りのお話の解説をしたこともあってさ。
前回の”この世はなんなんだ”ブログは、
宇宙論の沼にはまった話でした。
そして、その沼を抜け出してないまま、
べつの沼に溺れることになるのです。
本日はそんな話。
物質をどこまでも小さく小さく分けていくと、
粒じゃなくなって「引っ張る力」と「力の方向だけになる」
もの凄く納得できないことを語る学問と出会う。
だって、今ここにあって触って確認できるものが、
「ない」なんて気持ち悪すぎる!
オレも目の前の机も、小さく細かくしていけば、
マイクラのドットみたいな「粒」になる。
そう思うよね??
オレもそうだと思ってた。
だけど「量子論」の沼ではそうなっていない。
「物質は粒じゃなくて“引っ張る力”のパターンだよ」
「粒?いや、それは観測したときに“粒っぽく見えるだけ”」
は????
え?
触れるじゃん。
殴ったら痛いじゃん。
コップは落としたら割れるじゃん。
“ない”のになんで痛いん?
これが最初の衝撃だった。
「ものが存在しない」っていう、
なんとも気持ち悪い学問(量子論)と出会った瞬間。
存在してないどころか、
「確率の波が、たまたまそこにある“っぽく”なっとるだけ」
と言われる。
いや、それ詐欺じゃん。
触れるよ?
叩けるよ?
「いや、それは“力が跳ね返ってくるだけ”です」
……いやいやいやいや。
俺は物質を触っとるんじゃなくて、
“近づけない力の壁”に触っとるだけ?
そんなアホな。
※実際の量子力学で言う「力の壁」=電磁相互作用
(電子雲同士が近づけない力)
「物質は粒と波の二重性を持っておる」
「観測しなければ粒じゃない」
な、何も分からーん!!!
28年中15年くらい夢中になって調べた結果。
これ、認めざるを得ないらしいです。
“存在してないはずのものに触れる”ってどういうこと?
“観測しなければ形がない”ってなんなん?
“観測して初めて世界が確定する”って、
じゃあ俺の人生って? 宇宙って? 意識って?
生命・宇宙の沼から抜けてないにもかかわらず、
とんでもない沼にはまっていったのでした。
づづく・・・
※次回は「観測すると世界が決まるとは何か?」
この最狂の沼に突入します。
※こうして沼に溺れて作った曲、
“シュレーディンガーの猫”を聴いていきなされ。
箱を開けるまで猫が死んでる可能性と生きてる可能性の
どっちもが存在してて扉を開けたらどっちか決まる、
という謎理論。
そのシュレーディンガーの外に扉があって、
ウィグナーという友達が扉を開けたら、、
という無限に可能性の海があるというww

現在では「ないない」と否定されてる思考実験ですが、
量子領域ではマジで起こります。
どうなってんじゃろーね。
沼でもタダでは起き上がらない私が作った曲。
聞いてってー!
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