【再放送】約束の地

2025/08/03オルト

本日は日曜日ということで再放送。

次のアルバムのタイトルは(仮)なんだけど
「約束の地」

としております。

タイトル曲「約束の地」も当然収録。

 

この曲、ラブソングと捉えられること多くて。

 

当然、作品は出してしまえば半分は受け手の解釈。
リスナーのものでもあると分かってはいます。

 

でもさ、オレの中のジブリが言うのよ。

宮崎駿が「ナウシカは環境問題の映画じゃない」とか
高畑勲が「火垂るの墓は反戦映画じゃない」と

真顔で真剣に怒ってるじゃん。

 

オレの中のジブリ(めんどくさい枠)のおっさんが言います。

 

「タイトルに答え書いてるでしょ!!」
(ああ、あのジブリの二人が言いそう)

 

そう。約束の地(カナン)
乳と蜜が流れる楽園はずが、今流れているのは血。

 

まあね、恋の歌に見せるように設計したからね。
ストレートに書いたら、きっと誰も聴いてくれない。
ポリティカルなプロテストソングだと思われて、
心に届く前に脳で拒絶されるから。

 

初期プロットのノートにこう書いてある。

 

日本に生まれて戦前の贖罪の授業受けて。
山口に生まれて福島の人たちから恨まれて。
日本に生まれて、山口に生まれて、
ごめんなさい、、ごめんなさい、、赦してください、、

当然皮肉である。

 

ガザやイスラエル、ウクライナとロシアはさ、、
本当に取り返しのつかないことをしたと思う。
少々では、収まらない。
何世代にも渡る凄惨な恨み、怨念、理解はできる。

でもその根源にローマや帝政ロシアがあるとしたら、、馬鹿げている。
ローマ帝国?帝政ロシア?十字軍?ユダ王国?オスマン?カエサル?イワン雷帝?
えっ、どこまで遡んの??

恐竜に返せそんな土地

 

先祖の恨みを持つ人
自分だけの場所と、歴史を理由に奪う人。
似てる。考え方が。
あくまで「人から」ベースで「自分」が軸じゃない。

 

他人の目や立場、教義や歴史を「盾」にして生きてる人は、
自分の傷にも、欲望にも、責任を持とうとしない。

 

たとえば:

「先祖が虐げられたから」
「神が与えた土地だから」
「私たちはずっと迫害されてきたから」

それ、全部“他人発”の動機。
そこに「いま、自分がどう生きたいか」は無い。

 

結局、赦しあっていくしかないはず。
当然今起こっていることへの恨みは理解できるけど、
DNAレベルで恨みを引き継ぐ意味ってある?

 

この曲は「Decay for silence」と対をなした曲なんす。

 

でもね、最初に言った通り「受け手の自由」
作品は発表したら作者のものでは半分無くなります。

だから色んな捉え方してもらっていいと思う。

 

「作者も理解していない」本当の意味がある場合もある。
これはあるあるなんですよね。作者が何を作っていたのか分かっていないパターン。で、そっちが真実だったりするし。
「無意識でこんなすごいことやっちゃってるって……怖っ🥹」って作品に出会うことあるよね。

 

だから受け入れる。作者の手を離れて別の旅をする曲って自分らの子供みたいなもので、子供の人生を親が「こうだ!」と言ってはならんのでしょう。
どう解釈されても、それが聴いた人の心に響いたのであればそれが正解。そうやって豊かに育っていけばいいな。
※歌詞は一番下に貼っときます。

 

長くなり過ぎたので再放送の前にここでCM。
あと1週間に迫りました!!
下関REDline初ライブです。約束の地もやります!
ぜひお越しくださいm(__)m

 

 


セカンドアルバム「約束の地(仮)」制作進んでます。
来週日曜日はセカンド2度目のドラム録音。

 

昨年6月に録音した曲も、録音し直したりする。
この1年のテルさんの成長も録音したいじゃん。

これから半年くらいは夢中で制作に没頭できそうです。

 

約束の地/Anning’s Dragonについて

 

 

 

   ぼくらは取り返しのつかないことをした
   約束の地はどこにあるのだろう

 

タイトル曲「約束の地」はMCで話してるとおり
旧約聖書に出てくるカナンの地を象徴にしてる。

神がアブラハムとその子孫に与えると約束した、
「乳と蜜の流れる聖なる土地」と言われる場所。

だけど、その土地で今流れているのは血。
神の名を掲げながら互いを許せない。

そこにハマスによる攻撃とイスラエルのガザ侵攻。
常軌を逸した双方の行動で2番は丸々書き換えざるを得なくなった。

 

   声に出して泣いたあの日の純粋は 
   僕の中で二度と戻らないだろう。
   言葉は魔法と知らぬままに
   互いのこと傷つけあう。

 

この曲で言いたいことは「言葉は魔法」
人類最高の英知の道具。言葉は強大な力がある。

だから「言葉は刃物」のような道具。
超便利だけど使い方次第では武器にもなる。

プーチンは言葉で核の脅しをしてる。
つまり彼は核を使ったことになる。

例えば銃を発砲してなくても、銃で脅せば銃を使ったことになるよね。言葉はそれくらい危険ということ。
今もゼレンスキーやトランプも言葉で世界を動かそうとしてる。良くも悪くも言葉という道具って使い方次第なんだと思う。

だから、あげつらい、からかい、皮肉、
これらを私は出来るだけしないよう努力してる。
なぜならそれは刃物を使ったゲームだから。

今、巨大なブーメランが額に刺さりましたがw
私もあえて強い言葉を使うことはありますが、
無駄に相手を傷つけることは避けていきたい。

100%本心です。

 

 

   傷つけあうのはぼくら生きている証
   赦し合える日が来ると祈っている

 

言葉が人を傷つけるなら、
言葉が人を癒すこともできるはず。

 

私たちは間違える。
大切なものを壊してしまう。
でも言葉が赦しや再生が生まれることもあると思うんですよね。

誰かに向けてやさしい言葉をかけたとき、
自分の中の小さな子供を抱きしめたとき

 

その瞬間に、私たちはすでに“約束の地”に立っているのかも。

 

ま、緩めながら、
少々許し合っていければいいなと。
ポンコツでない人間いないですよね。ね?

ポンコツ同士、許し合っていくしかないんすよ。

 

そんなアルバムにしていきたいんですわ。

厨二病ですな。相変わらず。

 

不治の病です。

 

約束の地

声に出して泣いたあの日の純粋は
ぼくの中で二度と戻らないだろう
言葉は魔法と知らぬままにぼくらは
互いのこと傷つけあつう

声に出して泣いたあの日の純粋は
ぼくの中で二度と戻らないだろう
心の中に傷だらけの子供を
隠してるのに大人のふりをして

ぼくらは愛を知るためにやってきたのさ
穢れすぎのこの世界に だから
ひとつでいいから愛をください
ぼくらは探し続けてるんだ約束の地を

約束の場所は何処にあるのだろう
人はいつかそこに辿り着けるのだろう
月より遠い場所なのかもしれない
今キミが立ってる場所なのかもしれない

ぼくらは取り返しのつかないことをした
約束の地は何処にあるのだろう
傷つけ合うのは僕ら生きている証
赦しあえる日が来ると祈っている

心の中に傷だらけの子供を
隠してるのに大人のふりをして

ぼくらは愛を知るためにやってきたのさ
穢れすぎのこの世界に だから
ひとつでいいから愛をください
ぼくらは探し続けてるんだ約束の地を