
AIは創作で「意味」は奪えない。AIが奪うのは「機能」だけ
昨日はクアルテートリプリ、
ライブ前の最終リハーサルでした。
メンバー全員、サイコーって顔してます。
リハ後に、各人のノリの話になって、
リズムが合う、合わないの話題になった。
そのとき過去にやってきたドラマーたちを
思い出して考えたんです。
20代後半のある日。
とあるドラマーがバンドに入った時、
とんでもないグルーヴが曲を押し上げ、
付いていけなくなるほどのスピード感、馬力。
とても抑え込めない。
付いていくのがやっと。
バンドにフェラーリのV12エンジンが乗った。
もう一人、バンドをスーパーカーにした人。
芸術的なフェラーリのエンジンではなく、
フォードのバタつくV8だった。
危なっかしくて、安定しない。
その危なっかしさごと、猛然と前に進む。
テンポがどうとか、
クリックにどれだけ正確とか、
そういう正しさの尺度ではなくて
空気の圧が変わる。
・クリックに完璧に合って、
・毎回同じグルーヴを出して、
・安心して乗れるドラマー。
バンドリーダーの私からすれば、
そりゃその方が“正しい”。
「安定せい!」と何度思ったか。
でも、スーパーカーって、
そもそも”役に立つ”ために作られてない。
・うるさい
・乗り心地悪い
・壊れやすい
・燃費悪い
合理性ゼロ。
なんだけどね、、
例えばテレポーテーションの技術が出来ても、
スーパーカーには価値がある。
つまり、役に立たないが、”意味”がある。
テレポーテーションが実現したら、
「速さ」「移動手段」という機能価値はゼロになる。
これ、実は似たようなことが起こっていて、
「AI」が全ての「機能価値」を無力化していってる。
AIは確実に、創作の「機能価値」は奪っていく。
たとえば
・BGMとしての音楽
・雰囲気を作るだけのイラスト
・技術的に正しい演奏
・売れる構造を満たした曲
これはもうAIが人間より上手くやる。
安く、速く、無限に。
これは避けられない。
でも「意味価値」は奪えない。
あのドラムは機能としては不安定だった。
でも、あの瞬間の、あの人間の、
あの人生の振動は、二度と再現できない。
あちこちに冒険した、あのバンドの出す響き、
バンドの軌跡、歓びと失望、爆音、
あの心のバイブレーションは、再現不能で。
AIが似た音を作れても、同じ意味にはならない。
これは逆説なんだけど、
AI時代になるほど、人間の創作の価値は
むしろはっきりする。
なぜなら、「役に立つ」作品は全部AIが作るから。
人間に残るのは、役に立たないけど意味があるもの
そう思った朝でした。
さあ!明日はライブです。
できる準備はすべてやりました。
ぜひ見に来てください!
下関 RedLine「RedLine Presents 赤道直下 vol.61」 日時:2026年2月22日(日) 開場17:00 開始17:30 場所:RedLine(下関市豊前田町2-5-3) 料金:2,000円(要1drinkオーダー) 出演:MT LINE、Gclu、Pink Ozzienz、beer loose、クアルテートリプリ

