インディ・ジョーンズ 剣山の秘宝〈第5話〉

2025/12/30オルト

山奥。
インディと文子は、静かな宿の部屋にいた。
湯の匂いと、枯れた木の匂い。

 

インディは入口の襖に手をかけてみる。

――開かない。

外から、鍵が掛かっている。

 

背後から、着物がするりと落ちる音。
思わずインディは振り返った。

一瞬、背中が見える。

古い傷の跡。
一箇所じゃない。

 

芸妓の装いはもうない。
黒を基調とした簡素な服。
ベルトを締め直す仕草が、兵士のそれだった。

 

化粧を落とした文子の顔は、
芸妓のそれとはまるで別人だった。

あどけなさより先に、
長い旅に疲れた人間の目をしている。

 

「……説明してもらおうか」

文子は、刀も銃も持っていない。
それでも、逃げ場がないのはインディの方だった。

 

文子はすぐには答えなかった。
代わりに、急須に手を伸ばす。

湯呑みにお茶を注ぎながら文子は言った。

 

「日本軍の亡霊、って言えば納得する?」

「冗談は得意じゃない」

「私もよ」

 

少し間を置いて、文子は続けた。

「彼らは日本軍の残党。
ヤタガラスと名乗ってるわ。
アメリカの支配からの独立を目指してる」

 

呆れた調子でインディは言った。

「ずいぶん物騒だな」

「だから危険なの」

文子は初めて、インディを正面から見た。

 

「八咫鏡……つまり、あなたが言うところのアークを使うつもりよ」

「八咫鏡だと……!」

インディは言葉を失った。

 

「使うとはなんだ?伝説を信じてるのか?
それより質問に答えてないぞ。
あんたは何者だ……!」

即答だった。

「荒勝文子。
帝国陸軍の特務機関に所属。
諜報員として作戦行動中。
それ以上は言えない」

 

インディは皮肉な笑みと皺を顔に刻む。

「陸軍?
もう軍隊は、この国に存在しちゃいない。
学校で習わなかったのかい、お嬢さん?」

インディの言葉に、文子は初めて子供のように不安そうな目をした。

 

「任務解除の命令がない。
戦争が形だけ終わっただけで、
任務を放棄してられない」

インディは鼻で笑った。

「ずいぶん可憐な愛国心だな。
ヤタガラスにしろ、あんたにしろ、
“自分”が無いのか?
あんたたちはアリかハチか?」

 

文子は認めた。

「そうかもね。
私たちは女王バチに仕えるミツバチよ。」

不安を宿したままの目線は泳ぎ、
冷めた湯のみを持つ手は、強く握っている。

 

「蒙古来襲は防げたのに、
なぜ、米機動部隊を消滅できなかったか。
分かる?」

 

「アークは失われている」

「そう。それもあるわ。
でも、もっと問題がある。
アークを使って米軍を消去したら、
どうなると思う?」

 

インディの返答を待たず、文子は続けた。

「アメリカは原爆の雨を日本に降らせるわよ。
だからヤタガラスより先に、
アークを押さえなければならない。」

 

インディは、会話に集中できなくなってきていた。
ふと、川の音が近いことを感じる。
遠くでフクロウが鳴いた。

 

文子は続ける。

「ミツバチが、なぜ一回刺したら死んでしまうか分かる?」

「あいにく生物学は専門外でね」

 

「私には分かる。
“絶対に先制攻撃”できないからよ。
やむを得ないときしか戦わない。

ミツバチは弱いんじゃないわ。
生存戦略として選んだの。
守ることしかしないって。
これから私たちは、そうやって生きる」

 

しばらくの沈黙ののち、インディは話を変えた。

「……ヤタガラスがオレを狙う理由は、アークか」

「八咫鏡だけ見つからない。
あなたの知識が必要なの」

「あんたもヤタガラスと同じ目的って訳だ。
鍵なんて締めなくたって、オレは逃げんよ」

インディは肩をすくめる。

 

「博士」

文子が問う。

「あなたは、何のために八咫鏡を求めるの?」

インディは答えない。

 

やがて、
小さく笑った。

「さぁ。なんだろうな」

文子が代わりに答えた。

 

「知りたいだけなのよ。
どんなにひどい目にあっても、死にかけても、
“八咫鏡”をこの目で見たい。違う?」

図星を突かれ、インディは答えることが出来なかった。

 

「生存本能からかけ離れた欲望。
食欲や性欲なんかより、ずっと意地汚い欲望ね。」

 

文子の言葉には返事をせず、インディは言った。

「夜のうちに、仁徳天皇陵に向かう。
八咫鏡のヒントは、
そこにあるかもしれない。」

 

インディは帽子を被り、立ち上がった。

 

<第6話へ続く>

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