インディ・ジョーンズ 剣山の秘宝〈第4話〉

2025/12/23オルト

路地。提灯の赤。
人ひとりが、横向きになってようやく入れる隙間。

インディと芸妓は息をひそめていた。

 

——そのとき。
路地の向こうから、かすかなエンジン音が近づいてくる。

インディは、壁に身体を押し付け様子を伺った。

 

目の前で小さなエンジンが、バタバタと音を立てて止まった。

オート三輪だ。
荷台の幌の中には、いくつもの盆栽。

運転手の中年の男が、店に入っていく。
それを待って、芸妓は言った。

「荷台に乗って!」

芸妓はもう、路地に飛び出していた。

 

インディは、荷台にスーツケースを投げ込み、
盆栽の中に身を沈める。

松の枝が、頬を突き刺す。

 

ほどなく店から、先ほどの中年の男が出てくる。
芸妓は男の目を見つめながら歩み寄った。

 

「おっちゃん、あ・た・し♡」

「あんた最近入った芸妓はんやったかいな?」

「憶えてくれておおきに。文子って呼んで~。」

「文子ちゃんな。さっきから花火みたいな、なんやえらい派手な──」
「それより、えらい景気のええクルマやないの。乗せてえな、お願い♡」

文子は笑ったまま、男の肩越しに追手の人数を数える。

「ええでええで!なんぼでも乗りぃ!!」
「飛ばしてぇー!あたし運転上手い人好きやねん」
「まかしとき!」

 

パリパリという2ストロークエンジンの高い音と、
香ばしい真っ白な排気ガスをまき散らしながら、オート三輪は急発進した。

荷台の中でインディは、松の葉や枝に揉みくちゃにされ
「オレは盆栽じゃない!」と叫んだ。

 

——

無線機がザーという雑音と共に、けたたましく響いた。

「ジョーンズ博士を発見!
オート三輪で北へ逃走中!」

レシーバーのボタンを押しながら、
石室少佐は迷わず指令を出した。

「了解。追尾は不要。」

そこに逞しい中年の兵士が息を切らせて、石室に駆け寄ってきた。
先ほど文子に気絶させられた米田である。

「……仲間がいました」

米田は四角い顔をこわばらせ、視線を落とした。
石室の視線が、一瞬だけ路地の奥へ流れる。

「女が噛んでいます。中野の手口です。」

石室は鋭い目線を米田に向けたが、表情は変えなかった。

「もう時間がありません。米軍が出てきます!」
「博士を渡す訳にはいかん。構わん、地下壕から”龍”を出せ。」

 

すでに後方では、駆け付けたGHQのMPと武装集団の間で、銃撃戦が始まっていた。
——そこはもう、煌びやかな夕暮れの京都ではなかった。

激しい銃声が街中にとどろく。
華やかな通りを行き交う人々は、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたようにいなくなる。

 

米軍のトラックが2台到着し、数十人が降りてくる。
「Move!!Move!!Move!!」怒号が響く。

次の瞬間——
地面が、跳ね上がった。

米軍のトラックが宙に浮いた。

鉄の塊が回転しながら路地を越え、
兵士たちが人形のように吹き飛ばされる。

仕掛けられていた爆薬は、地面に大きな穴を掘った。
MPの銃声は、パン、パンと頼りなく響くだけとなった。

 

オート三輪はときおり飛び跳ねながら、石畳を駆け抜ける。
インディは荷台に激しく揺られ、必死で伏せた。

そのとき、
背後から低く荒いエンジン音が迫ってきた。

「STOP THE VEHICLE!!、前のオート三輪止まりなさい!」

振り向く間もなく、
けたたましい音を響かせて、
米軍のジープが距離を詰めてくる。

「文子ちゃん、アメ公が止まれ言うとるよ。」

文子はおっちゃんにぴったり身を寄せ耳元で囁いた。

「ご・め・ん・ね♡」

文子は、男に体重をかけ”ぐい”と押した。
男はにやけ顔のまま地面に転がっていく。

文子はハンドルを握り、右足を底まで踏み込んだ。

「ジョーンズ博士!つかまってて!」
「何でいつもこうなるんだ!」

 

次の瞬間、文子は急ブレーキをかけた。
「うそでしょ…」

迫ってくるジープから目を逸らさずインディが叫ぶ。
「何やってる!追いつかれ…」

突然、耳鳴りと共に音が失われた。焼けつく様な熱風が叩きつけられる。
砂粒や破片が顔に当たり、インディは思わず目を閉じた。

盆栽は幌と共に吹っ飛び、
目を開けると、そこにジープは無かった。

 

振り向くと、呆然としている文子の前に”それ”はいた。

砲身を低く構えた、
緑色の鉄の塊。

 

「……チハ?
冗談でしょ。戦車まで出してくるなんて」

九七式中戦車。
通称“チハ”。

砲塔の側面には、三本足のカラス。
反対側には、龍の紋章。

 

「とにかく逃げるんだ!」
インディはスーツケースを抱え込み走り出した。

文子は和服の裾を手繰ってインディの後ろをついていく。

 

「彼らの聖地に逃げ込もう!奴らはそこに撃ち込めない!」
「そんな甘い奴らじゃないわよ!!」

赤い鳥居が連なる山道を駆け上がる二人。

 

「ほら、言った通りだろ」
戦車は撃ってくる様子も、追ってくる様子もない。

「違う…逃がしたのよ…」

 

次の瞬間、”バリバリバリ!!!”とけたたましい音が空から響く。

2機の米軍のムスタングが猛スピードで夕暮れの闇を低空で横切った。
翼の下には、爆装。

インディは反射的に伏せた。

だが、何も落ちてこない。

 

ムスタングの編隊は、何度か旋回し、去っていく。

 

インディが恐る恐る顔を上げると、
鳥居の向こうから見える街のどこにも、

戦車も、兵も、トラックも、見つけることが出来なかった。

ただ、真っ黒の黒煙が、ところどころで立ち上っていた。

 

「ジョーンズ博士、、あなたはもう巻き込まれてる。」
「……今さらだ」

 

インディは帽子を直し、山を奥へと歩んでいった。

 

<第5話へ続く>

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