インディ・ジョーンズ 剣山の秘宝〈第8話〉

2026/03/05オルト

「―――!!」

水測室に、鋭い声が走った。

「スクリュー音、多数感知!」

潜水艦の艦内灯がわずかに揺れる。

 

「エンジン停止、舵そのままー。深度百。
潮流速えぞ、気ぃつけろ」

横井艦長の低い声に、艦内の空気が張りつめた。

 

「音からすると、アイオワ級戦艦とフリゲート三隻ですね」

「音、立てんなよ。はぁぁ、たいぎぃ…」

横井艦長はため息を漏らした。

 

水の壁の向こうで巨大な鉄の影が通り過ぎていく音。
ごうごうという低周波の唸りが、潜水艦の外殻をなぞっていく。

 

「直上、通過します」
水測員がひっそりとつぶやいた。

 

やがて――
音は、遠ざかる。

 

横井は、石室少佐をちらりと睨んだ。

「最近、米軍がやけにイキっとる。
朝鮮有事も近いしな。あと、あれだ。
……あんたらが京都で派手にやらかしたからじゃろうが」

石室は答えない。

 

「その上、アメ公の学者まで乗せてきやがって。
仁科さんの頼みじゃなきゃ海に放り出しとるわ」

インディ・ジョーンズは、何も言わなかった。
ただ、言葉の代わりに、肩をすくめる。

 

その横で、荒勝文子は、インディの横顔を見ていた。

 

——自由に生きる人。

私も、終戦と同時に
自分を赦せたのではなかったか。

 

——そんなことは、許されない。

耳の奥で、声が響く。

『最後ノ一兵マデ抗戦シ、生キ延ビ、情報ヲ収集セヨ』

消せない。いつまでも…

 

「インディ……」

声が出るまでに、ほんの少し時間がかかった。

「……ありがとう」

 

インディは、横目で彼女を見る。

「礼を言われる筋合いはないさ」

それだけ言って、前を向いた。

「目の前で人が死ぬのを見るのは、誰だって嫌だろ」

 

敗戦とともに「国」としての自分を失った彼女には、
この男の“自由”が、まぶしく映っていた。

 

仁科博士が石室少佐に近づき言った。

「少佐、ちょっとこの二人を借りるよ」

それを聞いた米田が立ち上がるが、仁科は手で制した。

「護衛は結構。
逃げ場のない潜水艦で暴れる訳がない。
ジョーンズ博士は高度な知能を持ったお方だ」

 

石室は冷たく返す。

「……その女は、中野学校出身です」

「だから来てもらうんだ。情報を持っているかもしれん」

 

狭い士官室。小さなテーブル。
インディと文子は並んで腰掛けた。
背もたれの角度が、逃げ場を許さない。

 

ほどなく仁科が珈琲を手に入ってきた。
二人に差し出しながら屈託なく言った。

「ジョーンズ博士、横井艦長を許してやってくれ。彼は広島出身でね。」

「そうかい。オレの知り合いはハワイに住んでる」

 

答えず、仁科は古文書を机に置いた。

「ここに、
私には読めない文字がある」

仁科は古文書の一節を指で叩いた。

 

「古すぎる。
ヘブライ語じゃない。
アッカド語でもない」

仁科は、
楽しそうに続けた。

「友人の学者によるとね……
“ウル文明の原初の記述”
だそうです」

仁科の眼鏡が光る。

 

「人類の記録の、さらに前。
もしこれが本物なら、歴史は書き換わる。だが―」

指で文字をなぞる。

「読めない」
仁科は笑った。

 

文子が叫んだ。

「聞かないで!!」

インディは、乾いた羊皮紙を
押し黙ったまま凝視していた。

 

仁科は、
ポケットからマッチ箱を取り出した。

「読めないものに、
意味はありません」

シュッという音とともに火が灯る。

 

インディは反射的に立ち上がった。

「やめろ!!」

潜水艦の壁に声が反響する。

しばらくの沈黙。

 

仁科はゆっくりとマッチを差し出した。
炎がインディの眼球に反射し、揺れた。

「……やはり、あなたも私と同じだ」

「―違う」

インディは言った。

「俺は、
理解したいだけだ……」

 

仁科は笑みを浮かべ、首を振る。
マッチの火を指でつまんで消しながら言った。

「それを、人は
欲望と呼ぶんですよ」

 

まだ消えきらないマッチの匂いの中で、
仁科は、机の上の地図を指で押さえた。

「葛城、伊勢、淡路
この三点を結ぶと、金毘羅に収束する」

 

指先で、机の上の地図をなぞる。

「船を祀る神社。洪水神話。
条件は揃いすぎている、つまり――」

インディが遮った。
「だから疑うんだ」

 

仁科は顔を上げた。

「……疑う?」

「神話と地形が仲良く手をつないでる時はな。
誰かが“見せたい答え”だ」

 

文子は呼吸を乱した。かすれた声。
「インディ、やめて、お願い、、」

インディは彼女を見なかった。
夢中になり、視線は地図の上に落ちている。

 

「金毘羅はダミーだよ」

仁科の眼鏡の奥の瞳が光った。

「なぜ言い切れる?」

インディは淡々と答えた。

 

「伊勢神宮の社殿の建立は七世紀。
時代が合わない。
受け継いだ“ふり”をしてるだけだ」

仁科が身を乗り出し、椅子の脚が床をこする。

 

「……なら、漂着地は?」

インディは、
折りたたんであった地図を広げながら言った。

「これが八十八カ所の寺院の場所だ。
空海が“見せないようにした場所”は一つしかない」

 

「空海が…封印…?」

インディが頷く。

「そうだ」

一瞬の沈黙。

 

押し殺していた声が、
堰を切って仁科の口から漏れた。

「剣山……!!」

仁科は隠しきれない興奮に声を震わせている。

「剣…草薙剣……」

 

インディは、
教師が正解を言われたときの顔で笑う。

「そう!良く出来ました」

士官室の空気が静まり返る。

 

「草薙剣は鍵だ。
天岩戸は、開けるために作られてる」

 

文子は、諦めの表情で二人を見る。

同じ場所に立つ、二人の男を―。

 

会話は伝声管を伝って横井艦長に届いていた。

艦長は叫んだ。

 

「進路変更ー!
室戸岬を目指せ!!」

 

モーターの低い回転音が艦内に響いた。

潜水艦イ-403は、
深海でゆっくりと進路を変えた。

 

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