【SF小説】三匹の小太り 第三話

2026/08/13オルトさん

人工島に到着してから上ばかり見ていた。

黄色や赤の屋台や出店を通り過ぎ、
急に辺りは、巨大な施設群で白一色になった。

串焼きとコーラを手に、
ボクはあらためて、空を見上げる。

 

これが、さっき見ていた一筋の「線」だとは、
とても思えない。

――大きい。

 

蜃気楼のように薄い膜がかかった霧の向こうに、
その建造物の上部は消えている。

 

巨大すぎて、距離感がわからない。

 

この35,800キロ上空に、ボクの目的地がある。

山口からここまで、およそ8,000キロ。
あの移動をもう一度思い返す。

――その四倍以上。

今さら、空恐ろしくなった。

 

スマートグラスのチケットを見る。

《到着まであと 49:32》

「……二日も!?」

 

搭乗口は、けっこう空いていた。

ほとんどの人は宇宙ステーション側の義体に
乗り換えてしまうからだ。

 

生体検査も今度は何ごともなく通り過ぎた。

 

エレベーターシャトルは、登りと下りが
同時に運航している。
下りで回収した電力を、登りへ回すらしい。

要するに、ケーブルカーかロープウェイの
とんでもなくデカいやつだ。

 

《WELCOME TO SPACE!》

ゲートに大きく書かれた文字は色あせている。

入るとずらりと座席が並んでいた。
壁際には寝台がカーテンで隠されており、
階段を昇れば、個室や売店がある。

4階建てのシャトルに乗っているのは、
今はボクを入れて、わずか5人ほど。

うち、2体は義体だ。

 

耳障りな唸り音がシャトルを力強く押し上げる。

 

地面が離れていく。

カラフルな屋台の屋根が次第に遠ざかる。

さっき乗ってたドローンバスが豆粒のよう。

 

アナウンスが流れた。

「当シャトルはこれよりタイヤ駆動から超電導リニア運航へ入ります――」

 

モーターのうなり音が消え、
代わりに低い「ゴー」という音だけが残った。

背中が、座席に押しつけられる。

窓の外を見る。

 

カリマンタン島の街を見下ろす。
さっきいた空港が小さく見える。

半円の海岸線がはっきり見えた。
その瞬間、窓の外は真っ白となった。

雲へ入ったのだ。

 

あっという間に抜ける。

 

そして、青空が広がった。

 

シートベルトのマークが消えた。

しばらく窓の外を眺めていたが、
急激な眠気に、身体をシートに預け目をつむる。

 

…速い乗り物ってなんで眠くなるんだろう。
戦闘機のブラックアウトって、その延長なんだろうか……

 

くだらないことを考えながら眠りについた。

 

目を覚ました。

何時間寝てたんだろう。
窓の外を見る。

空の青が、ずいぶん濃くなっていた。
見上げるほど、藍色に近づいていく。

地平線が見えた。
明るい海と大地と雲が広がっていた。

 

それからは、窓を眺めたり、寝たり、
売店で飯を買ったりして過ごした。

 

もう外は暗い。
暗いというか、黒い。

夜になったのかと思った。
でも、下は明るい。

 

地平線は曲がり、弧を描いている。
大地はだんだん地図みたいになっていった。

 

スマートグラスで写真を撮る。

家族のチャットに投稿した。

『今、宇宙にいます!』

 

ながお『おーマジで行ってるw』

つぐお『生肉で宇宙www』

 

ちきしょー。
あいつら義体でここに来るつもりじゃねえだろうな。

 

日本が見える。

地図とおんなじなんだ、形。

 

もう、とっくに登っている感覚はなかった。

もうあまり変化しない風景に、
座席で寝ている時間も多くなっていた。

 

ゆるめたシートベルトがおなかを引っ張る。
その感触で目が覚めた。

 

背中とシートに隙間を感じる。

身体が椅子から浮いているのだ。

 

「まもなく宇宙ステーションへ到着します」

アナウンスが流れ、ボクは慌ててベルトを締めなおす。

 

窓の上から、巨大な白く光る構造物が
ゆっくり降りてくる。
いや、こっちが近づいているのだろう。

上下の感覚が、もうよく分からない。

 

ガゴン、という音とともにシャトルは停止した。

 

もう慣れ切っていた「ゴー」という音が消え、

エアロック内に空気が充填する音が聞こえる。

 

ドアが開いた。

 

また《WELCOME TO SPACE》のゲート。
その脇には色あせた宇宙服の顔出しパネル。

 

手すりを握り足を踏み出す。

身体が浮く。歩きにくい。

 

2体の義体が、
いちゃつきながら展望デッキへ浮遊していく。

ボクも手すりから手を放して、その後を追った。

 

展望デッキに入る。
大きな窓の前で義体のカップルが抱き合っていた。

 

思った方向に進まない。
義体の一体に肩をぶつけた。

「す、すみません」

そう言いながら、横を通り過ぎ、
少し曇ったガラスに両手をあずけた。

 

 

――目の前に、青い星が浮かんでいた。

 

 

白い雲が渦を巻き、
青い海と大地を覆っている。

 

さっきまで地図みたいだった大地は、
今、ひとつの球となり、

 

真っ暗な空間に、ただ浮かんでいた。

 

 

――ボクは言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

 

 

 

 

 

《完》

 

 

 

 

 

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