【SF小説】三匹の小太り 第二話

2026/08/12オルトさん

東京に着いたのは、もういい加減夜だった。

尻が痛い。

それでも東京まで来ると、
さすがに歩道は人でごった返していた。

 

人込みをすり抜けながら、乗り換え口を探す。

いや、人じゃない。半分以上は義体だ。

 

これを読んでいる昔の人にも分かるように言えば、
自動車の衝突実験に使っていた、
あの人形みたいなのが大量に歩いている。

 

羽田に向かう歩道に乗り換えたときは、
義体も人も数はまばらになった。

 

午後十一時を少し回った頃、
ようやく羽田貨物空港第一ターミナルに着いた。

腰が痛い。

とにかく腰が痛い。

 

長男が学生時代、自転車でどこかへ行った。
ボクはまだ子供で、帰ってきた兄に話を聞いた。

「とにかく尻がいてえ。」

「あんなもん、二度とやらねぇ」

真っ黒になって帰ってきた、兄の言葉をふと思い出す。

 

夜の巨大な無人貨物ターミナル。

右も左も分からない。
掲示板を見る。

貨物便 3187 ジャカルタ
貨物搭載 23:10
生体搭乗 23:40

――まずい。

 

目の前をさっそうと歩く義体に声をかける。

「すみません、ジャカルタ便はどこですか」
「貨物番号は分かりますか?」
「いや…人です」
「……生体搭乗ですね。あちらです」

 

上を見ると「生体搭乗口 1.8km →」の表示。

――殺意が湧いた。

 

でも親切な方だったな。
人なのかAIなのかは分からないけど。

 

なんとかたどり着き、保安検査を通過。
出国手続きを終えて、輸送機3187に間に合った。

ギリギリだ。やっと座れる。

 

せいぜい二十人座れる程度の座席には、
ボクの他には、2体の義体だけ。

窓の外を見ると、角ばった貨物機に
コンテナが次々に積み込まれていた。

 

昔はこんな巨大な飛行機に、
何百人の人間を詰め込んで海外へ運んでいたらしい。

アナウンスが流れ、疲れ切っていたボクは
座席を倒し、とにかく目をつむった。

 

* * * * *

 

自動販売機のカップラーメンとおにぎりを
おーいお茶で流し込みながら窓の外を見る。

朝の薄明かりの、スカルノ国際空港に
すべるように機は降りた。轟音が響く。

 

急いでゴミを片付け、
もぐもぐしながらリュックを抱え立ち上がる。

通路を進む。

 

《REMOTE BODY →》
《←BIOLOGICAL ENTRY》

先ほどの二体の義体は右のレーンを
速やかに通り抜けていく。

 

左側に行くと軍服の男が立っていた。
パスポートを出す。

「観光?」

「はい。宇宙です」

「なぜ生身で来たの?」

「持ってないので」

「レンタルくらいできるでしょ」

「いや、VRスーツとかなくて」

「スキャナーに入って。手荷物はこっち」

 

しばらく機械の中で待つ。
「プー」という音。いやな予感がする。

 

さっきの軍服がやってきた。

「常在菌群が多すぎ。なんで生身で来たのー」

「生体消毒工程に入ってから、また来て」

 

新しいTシャツに着替えた。
さらさらとした空気が肌を抜ける。

何かの液を浴びせられたけど、
シャワーに入れたのはラッキーだった。

 

――きもちいい!

 

軌道エレベーターのあるポンティアナックへ
直行便に乗り換え、スパディオ空港へ降りたのは
ちょうどお昼を回ったころだった。

 

リュックを背負い、出口に向かう。

自動ドアが開く。

むっとした空気がなだれ込んだ。

 

「暑っ!!!」

 

数十秒で額に汗。

赤道直下の街だ。そりゃそうだが、こんなに暑いのか。

 

軌道エレベーターは宇宙ステーションを
地球の遠心力で捕まえてるヒモみたいなものらしい。

だから赤道上にしか作れない。

 

空港のロータリーに出た。
見慣れない文字、極彩色の看板がずらりと並ぶ。

巨大な電光掲示板に知らないスターが歌っている。

 

《EQUATOR LINE》
《SPACE ELEVATOR》

よかった。これは読める。

 

案内に従ってバス乗り場へ。

黄色やブルー、ピンクの観光ドローンバス。
屋根はあるが、窓もドアもない。

義体ばかりの列に並んだ。
観光客のほとんどは義体だから、エアコンもない。

 

じりじりと直射日光が照りつける。
さっき着替えたばかりのTシャツが、汗で背中に貼りついた。

 

でも、軌道エレベーター人工島行きバスの
板のような椅子に腰を掛けてほっとした。

 

つかの間、車体がふわりと地面を離れた。
リュックを膝の上で抱えなおした。

 

アジアのとろりとした空気が通り抜ける。

「あー……」

 

空港を離れるにつれて、
見たことのない街が流れ始めた。

赤や青の看板。
何を売っているのか分からない店。
軒先に並ぶ果物。
その間を、義体と人がごちゃごちゃになって歩いている。

 

古い建物の向こうに、
金色の尖塔を持つモスクが見えた。

やがて視界が突然開ける。

 

――川だ。

でかい。

 

茶色い水が、街を二つに割るように流れている。

ドローンバスはその上を滑っていく。

 

細長い船。
川べりに並ぶ店の前を、子供たちが走る。

何もかも、日本とは違う。

 

そのとき、大きな影が横切った。

見上げると、
白い豪邸がバスの上空をゆっくりと過ぎていた。

バルコニーに犬と女の子が見える。

ボクは手を振った。

 

バスは茶色い川に沿って走り続けた。

建物が少なくなり、
やがて潮のにおいが混じりはじめた。

バスは海の上を一直線に走っていく。

 

義体たちが何やら指をさしている。

 

その方向を見つめる。

雲を貫いて、一本の線が天へ伸びていた。

 

画像で何度も見た、あの風景が

 

目の前にあった。

 

▼第三話につづく