
【SF小説】三匹の小太り 第一話
呼び鈴が鳴った。
窓の外を見ると、二部屋が合体した住居ユニットが
宙を浮かびながらこちらに迫ってきている。
一番上の兄ちゃんと、二番目の兄ちゃんの自室だ。
「ドッキングを許可」
ボタンを押しながらボクは言った。
ドアが開くと缶ビールを差し出しながら、
ジャージ姿の長男が入ってくる。
「ホントに行くのかよ」
半笑いで話しかけてきた。
「行くよ。次男兄ちゃんは?」
「部屋で温泉入ってるよ。別府だってさ。
呼んだけど、VRスーツから出てこねぇ」
「いいな。ボクも欲しい」
「そんなのサブスク入ったらいいだけじゃねえか」
――そんな余裕があったらとっくに入ってるよ。
心の中でつぶやく。
「しかし物好きだねぇ。義体も使わず軌道エレベーターで宇宙旅行って。赤道まで何日かかるんだよ。」
「調べてない。」
「飛行機使うんだろ?マジかよ。今どきヒトが乗ってんのかよ。羽田までどうやって行くんだ?」
「兄ちゃん持ち家だろ。連れてってよ」
「オレは明日から出張。ごめんけど家はその頃、台京辺りかな」
「じゃあ歩道かー」
「おまえさー…仕事して稼ぎゃいいだけじゃん」
十数時間も歩道で移動する明日の自分が、
脳内で再生されて、うんざりしてくる。
「宇宙なんて義体で何度も行ったけど、飽きるぞ」
「いいよ。それすら体験してないんだから」
そこに次男が寝ぼけまなこで入ってきた。
「ああ、キマった…ととのった…あれ?オレのビールは?」
三人で飲むのは久しぶりだった。
夜が更け、長男と次男の住居ユニットは、
それぞれ別の空へ消えていった。
* * * * *
翌朝。リュックを背負ってボクは出発した。
動く歩道を乗り継いで東京か…
はぁ、そんな奴いねぇだろうな。
家から山陽本線にたどり着くまで三十分。
もう、汗をかいてしまった。
子供のころはまだ「駅」というものがあった。
今は全部、歩道になった。
どこで乗るのも降りるのも自由。
山陽本線は日本で一番幅が広い歩道だ。
この歩道が東京までつながってる。
一番左が時速5km。
その隣が10km。その隣が20km。
人はまばらだった。
今どき、この田舎で公共交通機関を使うのは、
最低支給賃金で生きてる人か散歩の老人くらい。
右に行くほど速度が上がり、
隣のレーンに移るたび、ボクはよろけた。
ようやく一番奥の高速レーンにたどり着く。
このレーンには椅子がついている。
「やれやれ…」
ペットボトルをドリンクホルダーに置く。
ヘッドレストから風防を下ろし、ボクは眠った。
尿意を感じて目を覚ます。
スマートグラスの表示は広島。全然進んでねぇ。
リュックを抱えて、高速レーンの椅子を離れる。
左へ左へ左へ。速度がどんどんゆっくりになり、
アタマがくらくらしてくる。
繁華街っぽいところに差し掛かったところで
ボクは歩道を降りた。
路地を入る。「広島つけ麺」の暖簾をくぐる。
胡麻油と唐辛子の匂いが食欲を刺激した。
待っている間、思いを巡らす。
――まだ広島だって。
恐ろしくなる。
東京までだって、あとどれだけある。
そこから飛行機を乗り継いでインドネシア。
……もう帰ろうかな。
だが、興味津々の兄たちの顔が浮かぶ。
そして、人工島から宇宙ステーションまで、
まっすぐに伸びた軌道エレベーターの風景と、
まだ見ぬ宇宙。
辛い…
でも旨い。
また、麺とキャベツをつけダレに浸す。
……食い終わってから考えよう。
