AI時代「音楽を作る意味」を考える

2026/05/14オルトさん

足の速い人がモテる。
スポーツできる人がモテる。

身体能力の高い人がモテるって、
あれ不思議現象と思いませんか。

 

クレーンの方が力持ち。
クルマは人間の何倍も速い。

機械の方が速く走れる。機械の方が力持ち。
だが、体を鍛える人は未だにいる。

 

この辺に、人間より賢い機械が出来た日常、
AI革命後の未来が見える気がするんですよね。

 

人間より遥かに頭がいい機械が出来た。
曲も作れるし、歌詞も作れる。

これまで人生かけて曲を作ってきたので不安です。
オレの作曲は、無力化されたのではないかと。

 

多分、身体能力が高いことで生きてきた人は、
産業機械などの登場で失業したろうし、
自分の能力の無力を感じたと思うんです。

 

その不安は、知能が機械の方が高くなった今、
ある程度、本当に起こる。

色んな分野でゲームチェンジが起こるのは、
間違いないと思う。

それは身体能力が不要になった、過去の人類と同様です。

 

でも、人間は走るし、筋トレする。
マラソン見るし、オリンピックで感動する。

100m走を見て、誰も
「バイクの方が速い」なんて思わない。

 

機械の登場で、そのかわり競技を分けた。

人間単体、人間×機械

短距離走、自転車レース、F1、モトGP
ロボットレースもある。

 

人工知能後の”思考力”も、
そうなっていくんじゃないかな。

完全に人間が作曲した生演奏から、
AIと人間のハイブリッド。
完全にAIが作った音楽。

AIが無限に音楽を作れるのであれば、
それを「選ぶ人」が重要になるかもしれない。

「誰がこの曲を選んだか」が重要になる。

 

ただ、心配なのは

F1や飛行機に乗ってる人は見分けがつく。
この人は機械を使ってるよね、と。

だが、
「曲」は機械が作ったのか人間が作ったのか
見分けることが出来るんだろうか。

 

だから、生演奏の価値は上がると思うんだよね。
即興演奏とか、その場でしか味わえない空気。

 

「作曲」や「作詞」といった、
どっちが作ったか、見分けられないのはどうなる。

 

萩焼など、ろくろで回す陶器のように、
いびつな形を愛でる未来?

手編みのセーターや手芸品、木彫りなど、
「明らかに手作り」
と分かるものが、音楽で成立するのか?

 

演奏では成立しても、作曲、作詞はどうなる。

 

答えは、歴史、過去にあるかもしれない。

 

今現在、オレにどうなるかは分かんない。
「思考力」は「モテ要素」のひとつになるだろう、という推測くらいしかできない。

 

未来も、結局ヒトはモテるために音楽をする。

 

という、くだらない結論に今のとこ至るw

 

 

 

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