
SF小説『人助け』
東暦2026年――
巨大な建造物の上に作られた、人工の大地。
四番メガストラクチャーの高層にある、
汚いアパートに、ひとりの男が暮らしている。
男は一度も地上に降りたことがない。
他のメガストラクチャーに行ったこともない。
照明が照らす人工の空が、
ゆっくりと色を変えていく。
夕暮れ時だ。
この世界に、窮屈や不便を感じることはない。
犯罪は抑制され、穏やかな暮らしが続いている。
男は、極めて標準的な下層階級の生活をしていた。
地上や、他のメガストラクチャーへ
行ったことが無い人の方が、一般的なのだ。
そのアパートに、訪問者があった。
端末が、青く点滅しそれを告げる。
「はい」
「公安です」
「え? 私に? 何の用ですか。まさか……」
「そのまさかです。
あなたは五分後に殺人を行うと、
公安局の人工知能が予測しました」
「五分後? そんな馬鹿な」
「未来予測の精度は九九・九九パーセントです。
誤りはありません」
「今から五分で、私が誰を殺すって言うんです?」
「私です。あなたは私の逮捕から逃れようとして、
私を殺し、逃亡します。――残り四分です」
「は??じゃあ、捕まえなければ、
犯罪は起こらないじゃないですか」
「因果なもんで、これが私の仕事なんですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。
私を捕まえなければ、あなたは死なない。
あなただって死にたくはないでしょう」
「そうですね。
ですが、あなたを見逃せば私は処分されます。
ホワイトな社会を守るために、罪を犯せば消去です。
お判りでしょう。どちらにしても道は無いのです。
――残り二分三十秒です」
「そうだ!私に考えがあります。
私が捕まれば問題ありませんね?
素直に逮捕されれば、私は殺人を犯さない。
だから、私は無罪ということになる」
「良い考えです。
ですが、私は誤認逮捕で処分されます。
消去だけでなく、汚名を着るのは耐えられない。
せめて、尊厳だけは守りたいのですよ」
しばらく、沈黙があった。
そして、腰のホルスターから拳銃を抜き、
それを静かに差し出した。
「さ、残り一分を切りました。」
公安の男は続けた。
「ここまでの会話も、すべて予測通りです」
呆然とした表情のまま、男は銃を受け取った。
「人助けだと思って、お願いします」
男は引き金を引いた。
自分の意思とは無関係に。
公安の男は、何の抵抗もなく崩れ落ちた。
その瞬間、アパートの外に赤い点滅がはじまった。
外の世界に通じる通路に非常灯が点いたのだ。
男はいざなわれるようにドアを開けた。
そして、ドアの向こうへと走り出した。
遥かなる地上へ。
――人工知能の予測どおりに。
未来予測:一致率九九・九九パーセント――
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